『永遠の花嫁』第三章「八朔の雪」A2

『永遠の花嫁』

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 一戸達樹。
 その名を思い出すとき、胸の中に何か懐かしいような息苦しいような、複雑な思いが湧き上がってくる。達樹に関する書類を整理する手が、紙の上をさらさらとすべる。
 入学試験そのものの得点が議論の対象になったのではない。青森県では第一志望に公立高校の名前を挙げる受験生が多く、初めから私立への受験だけを考える事例は少ない。入学試験に際して、私立は公立の保険としての役割を担う側面もある。そのため実に様々なレベルの生徒が受験する。その中で、一戸達樹は中の上に位置する成績を修めていた。生活環境や中学時代の素行を考えれば、学力不振に陥る条件はそろっていた。しかし達樹は、入学試験において周囲の予想を覆すほど高い学力を見せた。
 達樹の入学をめぐる問題はその素行の悪さにあった。中学を卒業するまでに二度の補導歴があった。『前科』をもつ生徒の素行が、入学後嘘のように改善されるとは考えにくい。他の生徒や次年度以降への影響を考えて、入学を許可すべきではないとの意見が会議の半数を占めた。
 入試の得点が合格圏にある以上、過去の材料をもち出して門前払いを決め込むのは良くない。面倒見のいい学校を目指している方向性とは異なるとの悪評が立つ可能性がある。私立高校としては、むしろ問題を抱えた生徒こそ積極的に受け入れて、三年かけて望ましい方向に前進させたい。そのことによって地域社会の信頼を得ることが重要ではないか。入学を許可すべきだとする教師たちの意見は、概ねこのようにしめくくられた。
 達樹一人の入学をめぐる議論が二時間を越え、教員たちの意見が出尽くした。職員会議は基本的に校長の諮問機関に過ぎない。教職員の意見を受け入れるも無視するも、校長が最終的な判断を下すことになる。
「どんな生徒にも一度は機会を与えたい。何か問題を起こすようなら、退学を含めてそのときまた判断しよう」
 校長のこの一言によって、達樹の入学が決まった。倉科はまさにこの年に教員として採用された。初年度からすぐに担任としてクラスをもたされることになるとは夢にも思っていなかった倉科と達樹との出会いは、こうして準備された。
 三月の末。北国では春の息吹よりもまだ冬の名残の方が勝っていたある日の校長室で、倉科は次年度の学級担任を言い渡された。その場で、達樹の入学をめぐる職員会議の様子も聞かされた。
 (たらい)回しの末に新任教師か。
 倉科は内心、着任早々この学校の限界を見せられたような気がした。

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