例えば容疑者に気づかれないように尾行する。あえて泳がせておいて、行き先を突き止める。もともと捜査する対象や目的があって現地に向かう。そういったことは当たり前だ。しかし、捜査すべき対象が目の前にいて一緒に行動するようなことは、まずあり得ない。倉科は自分の経験から、知っているはずのことを桜田に質問した。
「捜査全体の流れからすれば、私は容疑者ではないわけでしょう?」
「まあ、そうですね。ですが、今の私が一番知りたいのは、倉科先生の口からしか聞けないことです。なぜ倉科先生は川村椿の所在を確かめたいと思っているのか」
あとは列車に揺られて目的地を目指すだけだ。慌ただしさから解放されたゆとりが、桜田の表情に穏やかな笑みを作らせている。
「桜田さんは、誰かを救えなかったことがありますか?」
なぜ川村椿の所在を確かめたいのか。桜田の問いに、倉科は別の問いで返した。桜田が一瞬、眉間に深いしわを寄せた。表情をこわばらせたまま、凍りつくのが分かる。つい最近、こんな場面があったような気がする。倉科は、桜田との会話を楽しんでいた。前屈みになっていた体を起こし、背もたれに預けた。そしてシートの肘掛けに頬杖をつき、手の平の上に顎をのせた。その手の平に押し上げられて、唇が『へ』の字に歪められている。
「何て答えればいいんでしょう」
桜田は言葉に詰まった。どんな思考が彼女の脳を駆け巡っているのか、倉科には分からない。ただ、自分の中から真剣に答えを引き出そうとする姿に、剥き出しの桜田が見えたような気がした。
「救えなかった。難しい、ですね」桜田はうつむいた。形のよい鼻が下を向いた。そして再び体をかがめ、倉科の耳元に唇を寄せた。「もたらされた結果が生と死を分けるような場合を指すのか、それとも、相手が苦労するのを知っていて何も助言しないようなことまでを含むのか」
「それほど深刻に受け止めないでください。ただ、世間話がしたかっただけです」
「そうなんですか? 私の返答次第で、倉科先生が川村椿を追う理由を話してくれるかどうか決めるようなことであれば、うっかりした事は言えないなと思って」
桜田は苦笑した。
「私は、桜田さんが満足するような答えを初めからもち合わせていません。捜査を進展させるような情報は何も」
ただ、川村椿に関して、何かとても大きな、やり残したことがあるように思えてならない。あの時彼女に何かしてやれたのではないか、自分が彼女を救えなかったことになるんじゃないか、そう思うと居ても立ってもいられなくなった。それだけのことだ。倉科はそう話した。
川村椿の名に桜田の名を当てはめてみる。自分で話している言葉の中に、川村椿を探す理由が隠されている。
「それだけのことなら、それ以外に理由がないのなら、青森からわざわざ上京してまで川村椿が入っていた施設を訪ねたりはしないでしょう?」桜田が悪戯っぽく倉科の顔を覗き見た。「それに今日だって、彼女が通っていたクリニックに足を運ぶ必要などなかったはずです。日常の生活を続けながら、わざわざそんな行動をとるはずはありません」
「花庵の件もご存じだったんですね」
申し訳なさそうに歪ませた桜田の笑みを見て、倉科も思わず笑ってしまった。
『永遠の花嫁』第四章「牡丹雪」A7
『永遠の花嫁』
