『永遠の花嫁』第五章「終雪」B11

『永遠の花嫁』

 言葉を発した瞬間から、それが嘘にまみれていることを桜田自身が知っていた。自分こそが誰かを求めている。必要とされることを望んでいる。愛されることを待っている。
「思っていてもその通りに行動できないことばかり、私は求められてきた。でも、これだけは譲れないって思えることが、一つぐらいあってもいい。それを行動に移した。ただそれだけ」
 依子の視線は揺るがない。ただ真っ直ぐに桜田の瞳を見つめている。
 頭では駄目だと分かっている。相手を怒らせたところで、何も得られるものはない。しかし、桜田の唇が勝手に言葉を放っていた。
「たとえ願っていても、叶わないことだってある。諦め続けなければならないものだって。誰もがあなたみたいに人を傷つけてまで思いを行動に移せるわけじゃない」
 依子が小さく笑った。次に放たれた言葉には、桜田へのさげすみが含まれていた。
「人を傷つけずに生きていける人間なんているわけがない。他人と関わっている以上、誰かを傷つけないではいられない。じゃあ私は? 誰からも傷つけられずに生きてきたとでも言うの? もう、あれこれ調べて分かってるんでしょ? 私が自分を殺して、父や姉や、家に殺され続けて生きてきたことを」
 今度は桜田が溜息をつく番だった。
「人に愛される理由を作るために子どもを利用するような女に、人生を語れるの? 小さな命をないがしろにしてまで得られる幸せなんてあるの? あなたは何か大きな勘違いをしている」
 この一言が、相手の口を頑なに閉ざしてしまうリスクを含んでいることを、桜田は自覚していた。しかし、言わずにはいられなかった。
「自分の持っているものすべてをかけて行動したことがないのなら、あなたには私にそんな口をきく資格はない。自分の心だろうと体だろうと、何もかもを使って掴もうとするのが幸せってもんなんじゃないの? 少なくとも、私は後悔はしてない」
 依子もまた、一歩も退こうとはしない。自分の『今』は、諦観の上に成り立っている。自分の力ではどうしようもない位置にこの諦観が高くそびえ立っている光景を、桜田は思い浮かべた。
 言わなくてもいいことで相手をわざと刺激しようとしている。桜田は自分の科白にうんざりした。このあたりが潮時だ。互いに罵り合うことで生み出される利益など何もない。
「次にあなたが堀内恵一と関係を重ねたのは、彼が東京から逃げるようにこの土地に戻ってきたとき。そこで何があったのか。その直後に行方が分からなくなった堀内恵一の失踪にあなたが関わっていた可能性がある以上、徹底して調べさせてもらう。何か言っておきたいことは?」
「何も。一度離れた男が私を頼ってこの土地に帰ってきた。そしてまた姿を消した。ただそれだけのこと。私は何も知らない。あなたの気が済むように調べればいい」
「まて」
 そのとき、背後から矢のように飛んできた山脇の声に、桜田はもと来た廊下の先に視線を走らせた。声は鋭いが場所が遠い。どこか他の部屋で発せられたものだ。桜田は歩いてきた廊下を戻るために走った。桜田の首筋を冷たい汗が流れ落ちた。
 パン。
 乾いた音に、桜田は総毛立った。空気を切り裂くかのように激しく、ガラスが砕け散る音がそれに続いた。桜田は、強い眩暈に足元がふらついた。それでも、走った。

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