藤本メンタルクリニックにいる桜田のもとにかけられた電話の向こうで、山脇は興奮を隠さなかった。息をひそめながらも、倉科と藤本がその場にいる。桜田は落ち着いた態度を崩すわけにはいかなかった。
「桜田さん、面白いことが分かりました」
山脇の報告は、もともと桜田が期待していた内容のものではなかった。しかし、確かに興味深い事実が明らかとなった。
やはり『一戸ノート』には、この事件の謎を解く鍵の一つが隠されていた。だからこそ一戸達樹はそれを倉科以外の誰にも渡すわけにはいかなかった。
「『一戸ノート』から一ページ破り取られた痕跡を見つけました」山脇がノートを構成する紙の枚数を数えた結果、一枚足りないことに気がついた。「このノートは、背が糸で綴じられています。糸が通されている穴を上手く繋げて紙を破り取れば、反対側に残された半分も綺麗に取り除くことができます」
「切り取られたページがどこからか発見された?」
「いえ、そうではありません」
本来ならば切り取られたページそのものを見つけない限り、そこに何が書かれていたのかは分からないはずだ。しかし、山脇は『一戸ノート』の失われたページに書かれていた内容の痕跡を認めたという。
「それは?」
「筆跡痕です。筆跡痕によって、ある人物の名前が隠されていました」
「どうしてそんなことを?」
「おそらく、一戸は意識してはいなかったのだと思います。一旦ある人物の名前をノートに書き込んだ。しかし、その人物の身の安全を考えた。その人物は新聞記者である一戸にとって大切なニュースソースだった。情報を暴露された側の人間たちによって、命の危険にに晒される可能性があったと考えられたのではないでしょうか」
「それで、一体誰の名前が?」
「森下礼子です」
「森下、レイコ……?」
とっさには思い至らなかった。それを楽しむかのように、山脇は桜田に告げた。
「一戸達樹の遺体の第一発見者です。彼女は偶然そこに居合わせたのではなく、一戸と面識があったか、もしくは取材の対象だった」
「ところが、礼子から話を聞くことができるはずの場所には彼女だけでなく、一戸達樹の口を封じたがっている人間が待っていた?」
「おそらくその通りでしょう。このことを通じて、礼子は一戸達樹殺しの共犯と目されるようになりました」
「だから一戸達樹の遺体には防御創がなかった?」
「そう思われます」
第一発見者から疑ってかからなければならなかった。誰もが捜査の鉄則を忘れてしまっていたと罵られても、文句は言えまい。素人女の演技に、捜査のプロ集団が出し抜かれたわけだ。桜田は舌打ちした。
桜田はさらに言葉を続けようとする山脇を制した。
『永遠の花嫁』第四章「牡丹雪」B1
『永遠の花嫁』