蓮花7

小説

 日本のみならず世界中が混乱の渦に巻き込まれたなか、佳佑はあえて感染のリスクが高いと言われている行為を試すようなタイプではない。前年の春先以降、家の外での飲食は極力ひかえていた。対面して話をするような場面ではマスクを外したことなどなかった。密な環境で誰かと長時間共に過ごすようなこともなかった。考え得る最大限の対策を取ることで、感染のリスクを避けることができていたはずだ。だが、いつの間にかそのときは来ていた。
 少し熱っぽいと感じてはいたものの十分な対処をしていたと思い込んでいたため、感染しているはずなどないと高をくくっていた。微熱が二、三日続いたと思ったとき、ふとすすった番茶に味を感じないことに気がついた。その途端、体中の皮膚という皮膚が粟立った。味覚に障害が出るということはウイルスに感染したのだろうなどと、努めて他人事のように考えようとしている自分がいた。体調が急変したのは翌日の夜だった。
 さらに翌日、区の保健所に症状を伝え、次に取るべき行動の指示を受けようと考えた。スマートフォンを手にしてみたものの、回線が混雑いているためか一向に繋がらない。何度も試してようやく担当者の話を聞くことができたのは、保健所がその日の業務を終える直前のことだった。そのころまでにみるみる症状が悪化した。熱が関係しているのか体中の関節に鈍い痛みがわだかまり、全身がだるい。明らかな体調の不良を訴えると、救急車を呼ぶように促された。保健所との通話を切って一一九番を押す。症状を告げて電話を切ると、疲れがどっと押し寄せた。重い体を畳の上に投げ出し、救急車の到着を待った。同居する家族がいなくなっていたことは、不幸中の幸いだった。しかし困ったことに、いくら待っても救急車が来ない。サイレンの音がようやく耳に届いたのは、日付が変わった深夜二時だった。
 次第に胸が苦しくなり、次々とせり上がる乾いた咳を止めることができない。今すぐにでもマスクを取り払い、新しい空気を口にしたいと願ったが、そんなはずができるはずもない。マスクを着用することが周囲への礼儀であることと同じように、救急隊員たちに不快な思いをさせてはならないという常識が前に出る。
 救急車で受け入れ先を探し、病院が決まるまでに一時間を要した。抗体検査を受けた結果新型コロナウイルスに感染していることが分かった。改めておこなったPCR検査の結果を待たなければならないものの、そのまま入院させてもらえることになったのは幸運だった。病状が急変した際、すぐに対応してもらえるであろう安心感が有り難い。

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