◆
不動産屋に案内させた定食屋で夕食を済ませ、すっかり日が落ちた時間に事務所に戻った。社長の鳴海はソファに座って新聞を広げていた。桜田と山脇が姿を現すと、太った体を器用に操って椅子から立ち上がり、自分の前のソファに座るようにと手で促した。
「さあ、どうぞこちらに」
「お忙しいところお邪魔してすみません。ちょっとお話をうかがいたくて」
「いえいえ。仕事なんて、大したことはしていませんから。今朝はすみませんでした。来ていただいたときに留守にしていまして」
「川村真理亜について、何か知っていることはありますか?」
鳴海は待っていましたといわんばかりに身を乗り出した。
「あの当時、貞一さんも娘の真理亜のことではすっかりお手上げでしたね」
長いこと音沙汰がないと思っていたら、高校生にもなる子どもを青森に連れて来た。金持ちの愛人で食っていたらしいなんて、貞一にしてみたらどこまでも恥さらしな生き方をしてきたように見えたことだろう。真理亜の性格がああでなかったら、さぞかし自慢の娘だったろうに。そうそうお目にかかれないような美人だったから。鳴海はそう続けた。
こんなにも脂ぎった顔の男を、桜田はこれまでに見たことがなかった。噴き出しては乾いた汗が幾重にも塗り上げられて、顔をぎたぎたと覆いつくしていた。「あの部屋を借りたときの保証人は、確かに真理亜の父親の貞一さんです。でも、東京で真理亜と内縁関係にあった男が、手切れ金代わりに費用を負担したんです」鳴海はそう言葉を区切った。
「どんな男でしたか?」
「直接会ってはいないけど、男は政治家だとかで、大層な金持ちでした。そのわりにはひどい部屋をあてがいましたよね。自分が扱う物件ながら、本当にひどいもんですよ」
「どうしてあの部屋だったんですか?」
「真理亜のプライドがそうさせたらしいんです」
プライドと聞いて、桜田には真理亜の心情が瞬時に理解できた。
「保証人こそ川村貞一さんだったものの、実費を払ったのは別の人間だったんですね?」
「その通りです。直接こっちまで来たのは真理亜を囲っていた男の息子だって、貞一さんが言っていましたよ」
「その男、直接ここまで来た男の名前、分かりませんか?」
「分かんないね。何せ書類上の手続きは全部貞一さんの名前で済ませてるので」
「写真を見れば、どうでしょう?」
「いや。いかにも顔が分からないように、隠してたから」
「どんな風に?」
「帽子にサングラス、そしてマスクをしていました」
「川村貞一さんに話は聞けますか?」
「それは無理です。もう二年になるかな、機械につながれてようやく生きているような状態ですから」
「病気ですか?」
「もともと丈夫じゃなくてね。特に心臓が。ペースメーカーを入れてました」
「誰か同居している家族は?」
「次女の依子の話は聞けると思いますよ。可哀相に、嫁に行き遅れちゃってね。ずっとあの家に縛られて」
「貞一さんはもともとこの土地の出身者ですか?」
「そうです」
「貞一さんの親類は?」
鳴海は、長野に一人だけ、嫁に行った妹が住んでいるはずだと答えた。
『永遠の花嫁』第二章「粉雪」B6
『永遠の花嫁』