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ジャケットの内ポケットで携帯電話がふるえた。その動きに驚いて、倉科は目を覚ました。いつの間にか眠っていた。ディスプレイを見ると、桜田の番号が表示されている。
「何か?」
「明日の夜、ご自宅に伺っても?」
自分はかまわない。しかし、環はどうか。いずれは桜田と接触することになる。ならば少々タイミングが早まっても結果に大きな差異は生じないだろう。
「いいですよ」
「では、また連絡します」
腕の時計を見ると、針は午前十一時を指していた。二時間半ほど眠っていたことになる。倉科は体を起こし、畳の上に胡坐をかいた。誰かが階段を上がってくる足音が聞こえた。ほどなくして八鍬と杉内が部屋に入ってきた。
八鍬が目の前に差し出した写真を、倉科は黙って受け取った。八鍬も同じ写真を手にしている。二人はしばし無言でそれぞれの手元に視線を落とした。
「この写真が撮られたのは二〇〇五年四月十三日で間違いないだろう」
ビニールに張り付けられた紙片の数字。八鍬はこのことを言っている。
「指紋は?」
倉科は、保存状態から見て高い確率で指紋が残されていることを期待していた。
「ビニールの内側とフィルムの端から、一戸達樹のものが採取できた」
写真を撮ったのも保管したのも、達樹であることが明らかとなった。
「場所は分かるか?」
今度は、八鍬が倉科に訊ねた。
「H町の、川村家の玄関先だ」
あの日、達樹の部屋の窓の桟に手をつき、そこから身を乗り出して外を眺めた。その光景が、倉科の脳裏にありありと蘇ってくる。そこには貞一と依子、そして真理亜がいる。川村家の家族全員がそろっている。
「そうか。じゃあやっぱり、お前の予想通りのことになっているのかもしれないな」
妹の依子によって実の姉である真理亜の捜索願が出されたのは、この写真が撮影された二日後、四月十五日、日曜日だ。八鍬は溜息をもらした。
「誰が撮った?」
「達樹だ。川村家の玄関をこんなふうに俯瞰した位置から撮れるのは達樹の家の二階、その部屋の窓しかない」
八鍬は頷き、次の問いを発した。
「写っているのが誰か分かるか?」
「一人だけ分からない。この男だけ」
倉科は写真に写っている一人ひとりを指差しながら、名前を挙げていった。
「右の女が川村依子だろう。そしてそのすぐ横が川村貞一。それと向かい合っている男が分からん。その男を挟んで隣が川村真理亜。椿の母親だ。そして右端の男が」
「竜司。島崎竜司」
今度は八鍬が倉科の言葉尻を拾った。
「この写真は俺が預かっても?」
「捜査本部には焼き増した写真も、デジタルに落としたデータも送った。それはお前がもっていてもかまわないものだ」
倉科は黙ってそれをジャケットの内ポケットにねじ込んだ。
「桜田とうまくやってるんだろ? 因縁だよな。お前らがまた関わり合うことになるなんて」
倉科は八鍬の言葉に反応しようとはしなかった。倉科が桜田を救えなかったあの事件以降、八鍬とは十年近くも会わなかった。これから先も同じことだろう。もう会うこともないような相手の嫌味に、目くじらを立てる必要もない。
『永遠の花嫁』第五章「終雪」A5
『永遠の花嫁』