「実は、倉科先生、あなたに会ってから、私は様々な面で自分の変化を感じるようになっています。その原因が果たしてどこから来るものなのか、自分にも分からないままです」 桜田はいったん言葉を区切った。大きく息を吸うと、ひと息に吐き出した。「分からないことが何よりも苦しい。そう感じています」
「あなたがご自分の中に変化を感じ始めた時期と、私に会ったタイミングとがたまたま一致しているにすぎません」
「そうかもしれません。しかし、佐藤警視に先生との接触を断つように示唆されたことを考えると、見る人が見ればこの変化が想定内のものなのではないかと思えてきます」
「桜田さんと私との間には何の関係もありませんでした。少なくともあなたが一戸達樹について私に話を聞きに来るまでは」
「確かにその通りかも知れません。この件に関しては」桜田は倉科の横顔から視線を離し、フロントガラスに顔を向けた。倉科は運転のために前方に視線を固定しながらも、気配でそのことを感じていた。「しかし、それ以前に何らかの関係があったように思えてならないんです」
倉科はいよいよ苛立ちを抑えることができなくなった。今、この瞬間に何が最も大切なのか、そのことを桜田に思い出させる必要があった。
「何度も言っているように、あなたと私の過去に接点はありません。そのことを考えるのはもうよしなさい」荒れる息を修正することができない。半ば叫ぶような声になった。「あなたは今、あなた自身が指揮しなければならない捜査に集中して取り組むべきです。この際、その他のことはすべて後回しにしなさい。そうでなければ死人が出る」
倉科はちらと助手席を見やった。その位置を確認し、右手でハンドルを押さえながら左手の拳で桜田の右肩を殴った。車内にバシンとくぐもった音が残った。痛みよりも驚きの方が勝ったのか、瞬間的に殴られた肩口を押さえつつも、桜田は目を見開いて倉科の方を見つめた。
「いいですか、今は島崎竜司の確保に全神経を集中しなさい。他のことに気持ちを割いているような人間に、命を預ける他の刑事の身にもなってみたらどうですか」
もう間もなく目的地に着く。倉科はいよいよ自らのとるべき行動に判断を下さなければならない。
国道七号線を降り、県道に入るために右折した。あとは道なりにしばらく走った先の右手に、川村依子が住む家と一戸達樹の実家が隣り合って見えてくる。倉科はもう間もなく二軒の家が見えてくるはずの位置に車を停めた。島崎竜司が依子のもとに身を寄せているのなら、捜査の手が及んでいることを少しでも悟らせるような動きをするわけにはいかない。
「それでは、私はこれで」
倉科の立場。今は一般市民以外の何者でもない。この場に来た理由は、自宅を訪れた刑事を現場に送り届けることにのみある。ここで身を退くのが当然の成り行きだ。しかし桜田は、その場を去ろうとする倉科の態度に対し、落胆と驚きをその端正な顔に浮かべた。倉科は次の言葉を発しなければならなくなった。
「私はここで。早く行かないと。山脇刑事が待っているんでしょ?」
桜田は意を決したように勢いよく助手席のドアを開けた。するりと車の外に出ると、アスファルトに降りてドアを静かに閉め、歩き出した。
『永遠の花嫁』第五章「終雪」A12
『永遠の花嫁』