あの春、倉科と八鍬は五歳、桜田と杉内環は四歳とされていた。
四人とも棄児。皆、正確な誕生日すら分からない。保護された月日をもって誕生日とされた。
四人の中で唯一、死を望まれた状態で発見されたのが倉科だった。生きたまま土に埋められていた。
母親だろうか。埋めたと思われる人間には罪悪感があったのか。小さな穴に仰向けに納められた体の上に、タオルがかけられていた。そのために土が口の中に入り込むことが防がれていた。穴をふさぐ土も大した量ではなく、泣き声を上げ続けることができた。そのために救われた。しかし、新たな氏名を与えられた後の生き方は、あまりにも過酷だった。記憶も感情もなかったころに棄児のまま死んでしまえた方が、どれほど楽だったろうか。
四人の養父はいずれも、警視庁の組織犯罪対策部に所属する刑事だった。
すべては犯罪組織を対象とした潜入捜査のための『駒』を養成し、成果を上げるため。その目的のために、都内に所在する特定の児童養護施設から、体の丈夫そうな、あるいは賢そうな四人の子どもが、杉内泰造の勘によって選び出された。
『駒』には自らの身を守るのと同時に、他者を駆逐するに足る戦闘能力が必要とされた。この目的のために、倉科と桜田には武術に関する毎日の過酷なプログラムが組まれた。特に倉科に対しては、柔剛合わせてありとあらゆる武道・武術が叩き込まれた。それは文字通りそれぞれの技術を体に叩き込まれる過程を伴った。
技術の習得の名の下に殴られた。明くる日もその次の日もこの繰り返し。いっそのこと棄てられたまま土の下で死なせてもらっていた方がよほどましだったとの思いに捉われるのは、当然の成り行きだった。
八鍬と杉内環が担った知的な技術の習得もまた、倉科と桜田が請け負った戦闘技術の習得と同様に辛いものだった。『知的な』と冠するだけで、ある種の暴力を受け続けた事実は、八鍬と環の場合も、倉科と桜田の場合と何ら変わりはなかった。
遠く離れた青森で家族四人、穏やかな生活を送ることに慣れた今だからこそ落ち着いて記憶を掘り起こすことができる。そんな自分の変化が素直に喜ばしい。記憶に対する怯えをあえて受け入れたことでようやく落ち着いた今の姿こそが本当の自分であることを、倉科は心から願った。
『永遠の花嫁』第五章「終雪」A4
『永遠の花嫁』
