『永遠の花嫁』第四章「牡丹雪」B4

『永遠の花嫁』

 間を置かずに返って来た山脇の言葉は、桜田の耳に明るかった。桜田は携帯電話の通話を切り、倉科と藤本との会話に戻った。二人は通話中の桜田に配慮して、会話の進展をあえて留めておいた。桜田が山脇との通話を終え、会話に復帰してから藤本が口を開いた。
「自分が自分の身体から切り離される『観察』の現象は、そのレベルに留まるものではありません」
「さらに深まれば?」
「その後さらに慢性的な虐待に子どもがさらされた場合には、この解離現象が日常的に生じるようになります」藤本が一般論をベースにして、椿のケースを説明した。「虐待を受けるということは非常に苦痛ではあるけれども、本人にとっては重大な意味をもつ体験です」
「決してプラスには働きませんよね?」
「はい。そうした体験が意識されている自分の代わりに、もう一人の別な自分が体験してしまうために、常に自己の一部が欠落した状態になってしまうんです」
「一人分の体験を二人で分けるような状態ということですね?」
 倉科が藤本の言葉を受けた。
「その通りです。このような段階に至った場合、自分を守るための解離現象が、自己そのものの統合を妨害する解離性障害へと転じることになります」
「解離性障害というと、以前は多重人格と呼ばれていたものですか?」
「はい。正確には、解離性障害のうちのひとつが解離性同一性障害であり、かつて多重人格と呼ばれていたものです」
 藤本は先刻の倉科の体験を引き合いに出した。
「倉科先生は椿さんと話していながら、もう一人、誰かは分からない人物と話していたことになります」
「その後の変化の可能性にはどのようなものが?」
「その他に、自分が自分ではないという慢性的な感覚にみまわれる離人性障害、自分にとって重要な記憶を失ってしまう解離性健忘、家庭や職場から突然失踪し、過去の記憶をなくして新たな場所で新たな自分として生活する解離性遁走(とんそう)などがあります」
「私が接した際の椿の症状は、どんな段階にあったのでしょうか?」
「倉科先生が接触した際には性化行動が起き、彼女の口から『椿はここにはいない』と発せられた」
「はい、そうです」
「そのことから考えれば、その場面では誰かもう一人の彼女が支配的だったのだと思われます」
「つまり?」
「性化行動と解離性同一性障害が同時に発現したのだと考えられます」

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