『永遠の花嫁』第四章「牡丹雪」B5

『永遠の花嫁』

 藤本に向けられた倉科の目には光がなく、唇は言葉を発することを忘れたかのように、真一文字にきつく引き結ばれている。
「川村椿がここを訪れた最後の日、どんな様子でしたか?」
 倉科に代わって、桜田が藤本への問いを引き継いだ。しばらくの沈黙の後、藤本医師は神話を話して聞かせるような、どこかおごそかな口ぶりで語り始めた。
「もちろんそのときはこれが最後になるとは思ってもみませんでした。それ以降彼女がここを訪れることはなくなったので、結果的に最後の日ということになるだけです」
「それで?」
「この部屋に入って間もなく、それまでには見せたこともないような興奮した様子で、彼女は(せき)を切ったように話し始めました」
「日付はいつになっていますか?」
 桜田の問いに、藤本はカルテを確認した。
「二〇〇七年三月二十日です」
「でしたら、椿が姿を消す二日前ですね」
 倉科が口をはさんだ。
「それで、あんなふうに焦っていたんですね」
 長らく答えの見つからなかった問題が解決し、藤本は目を閉じながら微笑んでいるように見えた。しかし、本当の意味で笑ってはいなかった。それと同時に、身体の力を抜いてソファに背中を押しつけた。
「藤本先生に少しでも自分のことを知っておいてもらいたかったんじゃないでしょうか」
「今になって思えば、もっとしてあげられることがあったような気がします」
 藤本は静かに溜息をついた。
 その言葉に親近感をおぼえたのか、倉科は「それは、私も同じですよ」と口にした。そう言った倉科が、桜田の目には今までよりも小さく見えた。

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