表向きは建設会社の経営陣に名を連ねる島崎は、衆議院議員との間に仕事と金のやり取りをしている。組に対する一連の報告を怠っているうえ、その金を着服している事実もささやかれている。金の有無は組織内での力を得るためにも重要なものだ。島崎の行為は、本来的に組への背信にあたる。それを罰することが当然だとする向きもある。しかし、裏の世界の力関係は常に微妙だ。バランスが崩れたところに、他の勢力が抜け目なく入り込んで来る。それを現金に換算すれば、時として膨大な損失を生むことになる。
「明後日、月曜日、午前の便でこっちに来られる? お昼ぐらいに合流できればいい」
「はい、そうします。父子二人分の顔写真も。公人なので、すぐに入手できました」
「もちろん、全体でも扱っていくことにしたんでしょうね?」
「はい。それぞれの課にはすでに協力を要請しています。情報によると、島崎からの金の流れが、以前から疑われていたそうです」
田辺康之の写真をコンピューターの画面で見ているように、衆議院議員と都議の、親子の画像を山脇に送らせることは造作もない。しかし、あえてそうはさせなかった。
「明後日、会うときが楽しみね」
「本当に」
桜田は通話を切った。
コンピューターのキーを叩いた。画面にはもう一人の男、島崎竜司の画像が映し出された。こちらはきちんと黒のスーツを着こなしている。どこにでもいるサラリーマンのようにしか見えない。けれどもひとたび本性を発現させれば、鋭く相手を射ぬくような凄味をその視線に宿らせるのだろう。桜田はその顔をしばらく眺めた後、電源を落とした。
明日、日曜日はは早く起きるつもりだ。一人で済ませておきたい仕事がある。
桜田が倉科と一緒に弘前の地に戻ってきたのには二つの理由がある。一つは、倉科と話す時間が欲しかったから。繰り返される頭痛に苛まれながらも、刑事としての自分が倉科からの情報を欲していた。もう一つは、明日、三月十一日の日曜日、事件周辺に散らばる情報を可能な限り収集しておきたかったからだ。かつて川村貞一の主治医だった男に面会を打診したところ、日曜日にもかかわらず快く時間を空けてくれた。すでに子どもも巣立ってしまい、休日を埋める予定すらなくて困っていると、電話口で笑っていた。元主治医に会うために山形市との間を車で往復するには、相当の時間を要する。
桜田は靴を脱いだ。一日の仕事を終え、ふくらはぎが少しむくんでいる。立ち上がって部屋の明かりを消した。窓に歩み寄り、カーテンを開いた。外の夜の中には何も見えなかった。しかし暗がりに目が慣れると、白く大きな粒が途切れることなくぼとぼとと落ち続けているのが見えた。『牡丹』の名の通り白い花のような落ち方をする雪の欠片に、桜田は名残の雪を憐れんだ。
『永遠の花嫁』第四章「牡丹雪」B8
『永遠の花嫁』