三月十一日、日曜日。冬の朝焼けに紅く染まった街が、冷たく硬い空気の中に静かに燃えている。
懐かしい。
物心がつかない幼少のころから二十五年間、倉科が過ごした街であり家だ。そんな感情が無いと言えば嘘になる。
この部屋に住んでいたころ、ここは倉科にとって帰って来たいとの祈りに満ちた場所だった。
「いつこんなふうに?」
棚という棚、収納という収納がひっくり返され、部屋は周到に物色されていた。
「達樹が刺された前日だ」
達樹が住んでいたのは運送会社の社員寮だ。その所有者でもある杉内伸二が答えた。弘前から倉科を乗せて東京に戻ってくるまでの間、倉科の隣に座っていた男だ。夜通し車を走らせてきた八鍬は、倉科と杉内のやりとりを壁にもたれて眺めていた。
「警察には?」
「すぐに届けた」
もとより、倉科はすぐそばにいる杉内の顔など見ていない。話をしながら足元を見廻していた。
「手を加えてはいないんですね?」
「そのままだ。ひと通り鑑識の調べは終わっているけど、また必要になるかもしれないからな」
職場でも自宅でも探し物が見つからず、一戸達樹の口を塞いだ方が確実に知られたくない情報を隠すことができると踏んだのだろう。達樹の口を封じさえすれば、彼が持っていたであろう何らかの物証を回収せずとも目的は果たせる。
この寮には、杉内が経営する運送会社の若い社員が住んでいる。そこに無理を言って大学進学のために上京した達樹を住まわせたのは、倉科だ。よほど住み心地が良かったのか、あるいは引っ越すのが面倒だったのか。就職後も達樹はこの部屋に住むことを望んだ。
運送会社は明るい時間帯から深夜にまたがる業務時間を二つのシフトに分けている。早い時間帯には遅番の、遅い時間には早番の従業員たちの誰かが寮に残っている可能性が高い。さらに、母屋には杉内の妻や隠居した祖父母がいる。常に誰かの目があり耳があるはずの環境下に置かれた達樹の部屋をこれだけ物色するためには、それなりの手際が必要になる。それを現実にやってのけているのだから、この部屋を荒した人間たちには一連の行動を可能にする十分な人員と、違法な行為に対する慣れがあるのだろう。やはり、島崎竜司の影がちらつく。達樹は、椿を守るためにそんな組織と渡り合っていたことになる。
「それにしても、よく誰にも気づかれずにやったもんですね」
杉内にそう言いながら、倉科はさらに注意深く部屋の中を見廻した。
「目処は立っているのか?」
八鍬が言った。
「ああ。目当ては一冊だけだ」
「冊? 本か?」
倉科は杉内のその問いを無視した。それが見つかりさえすれば、この場にもう用はない。倉科はしゃがみ込み、畳の上に折り重なった本の山を探った。そしてほどなくしてそれを見つけた。
『永遠の花嫁』第五章「終雪」A1
『永遠の花嫁』