◆
「この前来た時の雪道は、さすがに怖かったですよ。ちょっと強めにブレーキを踏むと、つるつるっと車体全体がもって行かれちゃいましたからね」
車を運転することの難易度が、雪がある場合とそうでない場合とでは比べものにならない。駐車場を出て間もなく、車はあっけなく思えるほどにすんなりと弘前西署に到着した。
「失礼します」
弘前西署刑事課のドアを開けると、課長席から見覚えのある脂ぎった顔が大股に歩いて来た。
「やあ、桜田刑事、山脇刑事。お待ちしていました。どうぞこちらに」
桜田と山脇に愛想のいい笑顔をふりまいた後、本題に入った坂本刑事課長の表情は、殊更に感情を込めたものではなくなっていた。
「準備しておきました。これです」
数枚の書類がクリアフォルダに挟まれていた。『捜索願』とある。
「拝見します」
桜田が書類に目を通し始めると、坂本が口を開いた。
「川村真理亜の捜索願が出されたのは二〇〇五年の四月十五日です」
書類の上にその記載を探すと、調書の作成、提出日がともに四月十五日になっている。桜田は捜査ノートを開いた。前回、弘前を訪れた際に不動産屋の鳴海に見せてもらった、契約書の概要をメモしたページを探した。間もなく見つけたそのメモの中には、二〇〇五年三月二十八日転入予定とある。
「川村真理亜がアパートに転入したのは二〇〇五年の三月二十八日です」転入日は契約書類に明記する必要はないが、手書きのメモがあった。それをそのまま残しておいた。坂本はそう話した。「こういったメモの類は、誰かが書き込む必要があると判断した結果残されるものなので」
「当時引っ越しを担当した業者にはすでに確認を取っています。この日付に間違いはありません」
「川村真理亜が弘前にいた期間は、三月二十八日から四月十四日までの十八日間だけということになりますね」
山脇が捜索願を覗き込み、指折り数えながら言った。
「それからもうひとつ。真理亜の娘の椿が少しだけ通った高校の倉科という教師が、家庭訪問をしています。その日付が四月十三日」
そしてその翌日、椿は姿を消し、女の声で椿の退学を申請したいとの電話が入った。
桜田はふと、あることに気がついた。
退学届が出されているはずだ。
桜田は以前学校を訪れた際に倉科に聞いた話を思い出した。
学校に退学の要請をした電話の女性の声については、川村真理亜である保証はない。電話を受けた倉科は、入学の手続きの際に会った川村真理亜の声に似てはいたが、彼女本人である確証はもてないと言った。
退学を要請した電話の声の主として、可能性が一番高いのは?
「この書類の提出者は真理亜の妹の依子なんですね」
桜田の思いを代弁するように、山脇の言葉の中に答えが隠されていた。
「実はお二人が来る前にこの書類を見ていたんですが、依子の話を聞いた担当の警官がまだ在職していましてね。今は県内の他の署にいますが、電話で話を聞くことができました」
このヤマに興味が湧いたということなのかもしれないが、本来捜査担当者以外の人間が首を突っ込んでいいはずはない。基本的なルールは心得ていることを知っていてもらいたいということなのか、坂本はちょっと悪びれた顔を見せた。
『永遠の花嫁』第四章「牡丹雪」B10
『永遠の花嫁』