『永遠の花嫁』終章「薫風」1

『永遠の花嫁』

「仕事で青森に来ています。先生のところに寄らせてもらってもよろしいでしょうか?」
 そんな電話を一本入れて、山脇が倉科の学校を訪れたのは二年前だ。
 島崎竜司が逮捕されてからというもの、一戸達樹殺害事件に関する事実が次第に明らかになっていった。倉科が把握している情報は、主に山脇からもたらされてものだ。倉科が桜田にとって特別な存在であると理解した途端、山脇の倉科に対する態度は好意的な色に塗り替えられていた。
 死んだ達樹の命が取り戻せない以上、気がかりなのは川村椿と桜田円の行方だけだ。その他のことは特に興味がないと告げても、そんなわけにはいきませんと、山脇は頑ななまでに事件の顛末を倉科に話そうとする。おそらく、桜田に関わった人間同士、情報を共有していないと心細くなるのだろう。倉科は面倒臭さを諦めて、山脇の言葉に耳を預けた。
 衆議院議員だった榊原恭一の働きで、竜盛会の息がかかった建設会社が公共工事を受注した。その際、国から出された建設費の一部を島崎が着服した。その金をすぐに組に返せればよかったのだろうが、事が露見したときにはすでに使い果たしていた。竜盛会はその道では昔気質むかしかたぎで知られている。金の穴を埋めるためだけでなく、さらには竜盛会への忠誠心を示させるために、組は島崎に自ら手を汚すことを求めた。そして、待ち伏せていたH町の家で、島崎は組織の意志のもとに二人を殺した。島崎はさらに、娘である真理亜の殺害を厳しく責めたてた貞一をも手にかけた。
 貞一に関しては、安否を確認するために誰かがこの家を訪ねてくる可能性がある。そのため、しばらくの間はさも生きているように見せかける必要があると島崎は踏んだ。冷静に、第三者的に考えればリスクの大きな対応をしたものだと判断することができる。実際に布団に横たわる貞一の姿を目のあたりにしたなら、誰もが違和感を抱くに違いないからだ。しかし、貞一が植物状態にあるかのように上手く周囲に信じ込ませることができたため、結果的には誰の目に触れることもなく遣り過ごさせてしまった。
 川村家の捜査はすでに終わっている。果たして島崎と依子の証言通り、床下の土のなかから川村真理亜と堀内恵一の遺体が発見された。同時に、一番奥の部屋に横たえられていた、貞一の死亡が正式に確認された。
 島崎の証言により、その後に椿の殺害をも想定していたことが明らかにされている。榊原俊による椿への暴行の事実を漏らされれば、榊原恭一と島崎竜司、あるいは竜盛会の裏のつながりをはじめ、このことを端緒として一連の事件が明るみに出る恐れがある。このため、椿の口を封じる必要が生じた。
 それでは、誰が椿の身の危険を察知し、いざ彼女を花庵へと逃がしたのか?

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