七月下旬の砂利道は白く乾いていた。
時折肌を撫でるように寄せる風は細かな砂をはらみ、むきだしの足をうすく汚した。
晴れわたる空から照りつける陽光が、じりじりと肌を灼き続けた。
ランドセルと背中の間で汗に濡れた服が肌に貼りつく。黄色い帽子の下で髪も汗で湿っている。その汗が玉を結んでは頬を伝い落ちた。
図工の時間に作った粘土の猫が入ったトートバッグが、今にも右肩からずり落ちそうだ。もう何度繰り返しただろうか。両手で持っている朝顔の鉢を地面に置き、トートバッグを肩に掛け直した。それでも少し歩いただけでまた同じように肩を滑り落ちようとするバッグを落ち着かせるため、右肩にはずみをつけて掛け直そうとはするのだが、うまくはいかなかった。
たいして重くもないと学校から運び始めた朝顔の鉢は、学区の端に位置する自宅までの道のりの半ばにたどり着く前に両腕に悲鳴を上げさせた。この国の小学一年生の多くが同じように朝顔を育て、夏休みに入る前に家に持ち帰るのだと担任の先生が話した声を思い出した。確かに皆同じように家に持ち帰るのかもしれないが、こんなに苦労して運んでいるのはわたしだけだろう。そう思うだけで汗とは違う雫が目から落ちそうになった。
ふと顔を上げると帽子のつばの先、さらに朝顔の葉を通り越した視線の先に、砂埃をもくもくと巻きあげながら車が走って来るのが見えた。道を空けようと、田んぼの畔に立った。しばらく待って車をやり過ごした。あとに続く砂埃が風にあおられて目の前に迫った。わたしはまぶたをきつく引き結んだ。
そのまましばらく待てばよかった。しかし、早く帰りたいばかりに目をつぶったまま歩き出したのがいけなかった。踏み出した右足が畔の斜面をとらえきれず、ずるりとすべった。とっさに左足を踏ん張ったが体を支えることができなかった。すべった右足を田んぼに投げ出した勢いのまま、畔に腹ばいに倒れ込んだ。
強い衝撃に息ができなかった。顔をうずめた草のかたまりから、むうわりと青い匂いが立ち上がった。すぐにでも起き上がりたかったのに、体がうまく動かなかった。ようやく首だけを上げて畔を見上げると、砂利道との際に朝顔の鉢が投げ出されていた。次に足元を見ると、両足とも田んぼの泥の中に埋まっていた。靴の中にどろりと汚れた水の感触がわだかまっていた。それをデパートで買ってもらったときの胸の高鳴りが、そのまま激しい胸の痛みに変わっていた。
身体中の力をふりしぼって膝をつき、ようやく立ち上がった。その途端に涙があふれ出した。胸が苦しい。声が出ない。ただ、涙だけがあとからあとから湧き出してきた。
ランドセルを背負ったまま、とぼとぼと歩き出した。朝顔の鉢とトートバッグを置き去りにしていることに気がついてはいたが、どうしても戻る気にはなれなかった。少しでも早く家に帰りたかった。
一歩踏み出すたびにぬるりとした感触が足を伝い、じゅぼじゅぼと悲しい音をたてた。それでも一歩一歩を踏みしめるようにして歩いた。今は何も考えないようにしよう、そして一歩、また一歩、足を運び続けさえすれば必ず家に帰りつくことができる。そう自分に言い聞かせた。
ようやく家が見えてきた。だからこそ、同じように足を踏み出し続けた。
その視線の先に、見慣れない光景があった。思わず顔が緩むのが自分でも分かる。それなのに、涙はさらに激しく溢れ出した。
お母さん。
光の中に立つその姿を見るのはひさしぶりだった。足の運びが少しずつ早くなるのを止めることなどできなかった。そして、その胸に飛び込んだ。仕事から帰ったばかりの母の着ている服を汚してはいけないと思ったのは、そうしてしまった後だった。
どうしたの、こんなに汚れて。
涙にしゃくりあげながら転んだと答えると、今度は怪我はないかとききながら、母は私の体を点検しはじめた。
よかった、怪我はないみたい。
わたしは母に身体中を見てもらいながら、ただ泣きじゃくるばかりだった。
母は私を抱きかかえると、家のなかに運んでくれた。玄関で靴や靴下を脱がせ、再び抱きかかえると、今度は風呂場に連れて行った。わたしの服を脱がせ、そして母も裸になった。
熱いシャワーに体中の汚れが洗い落とされると、生まれ変わったような気分になった。そのことを話すと、わたしの体を洗いながら母はそっと笑った。そして、わたしの体をぎゅっと抱きしめてくれた。母の体は石鹸とも違う、いい匂いがした。わたしは安心して、学校からの長い帰り道の話をした。
朝顔とトートバッグ、あとで一緒に取りに行こうね。
わたしだけでもなく母だけでもない、一緒にという言葉がまるで魔法のようにわたしを明るい気持ちにさせた。
靴は綺麗になるかな。
大丈夫よ。荷物を取りに行ったら、一緒に綺麗にしようね。
今度はわたしが、母をぎゅっと抱きしめた。
朝顔
掌編小説